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2006年03月21日

Ⅰ-3. 農の価値①

※他産業並み?

 ミニマム主義は農の良さを最大限に享受出来ると思っています。
それでは農の良さとは一体なんでしょう。「農的暮らし」とよく
言いますが、その農的暮らしってどんな暮らし?
 イメージが先行して、まだまだ漠然としているよう思います。

 そんな漠然としたまま農業を始めると、途中で今までの価値観
に知らぬ間に引っ張りこまれてしまいます。そして最初はのんび
りと思っていたのが、忙しさに巻き込まれたりもします。

 そこで農の良さ、価値を深く深く掘り下げる必要があります。
それは人に説明する時も明確になりますし、自己肯定にも繋がり
ます。

 今までの農家はコンプレックスがありすぎるよう思います。
もっともっと自信をもって農の良さをアピールしてもよいのでは
ないでしょうか。

 そんなコンプレックスを表す言葉が必殺「他産業並み」。農の
世界に入った時一番違和感を感じた言葉でもあります。農業界で
はこの言葉を使いたがります。

 この時代に「他産業並み」とは分かったような分からないよう
な言葉です。どこの他・産業と比べているのでしょう。他の産業
でこういった言い方はするでしょうか。

 他産業並みなんて言わないで逆に「農業並み心の豊かさ」と言
わせるようにしようじゃありませんか。そのためにこれから農の
よさを示していきたいと思います。

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2006年03月23日

Ⅰ-3. 農の価値②

※振り向けばトップランナー

 ビリッケツを走っていたのに時代の変化で逆方向へ。その時トッ
プランナーになっていた。そんな兆しのある農業です。

 それなのに農業界では旧価値観に縛られて身動きが出来なくなっ
ています。規模拡大、法人化もそのひとつでしょうか。法人化そ
のものは悪いことではありませんが、農業には農業のやり方があ
るかと思います。

 「他産業並み」の掛け声で9時~17時、週休2日になったとある
農家さんが自慢してましたが、自然相手の農業ではそれは正しい
のでしょうか。そのツケを自然にまわしては農業の意味はありま
せん。

 今やフレックスタイム制の時代、農閑期のある農業はまさにフ
レックスタイムのさきがけなのに、いわゆる他産業が農のよいと
ころを吸収しています。

 そして環境の時代と結びついて農家の発言権も大きくなってき
ました。農家というだけで環境のオーソリティー。実践者という
目で見られる時代です。

 経済ではなく環境や暮らし、命という視点。そうみるとまさに
農業はトップランナーです。

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2006年03月24日

Ⅰ-3. 農の価値③

※農の教育的価値

 農の価値の中でも最も効果的なもののひとつに教育的価値があり
ます。我が家は兼業農家で、小さい頃はまだ各家庭で田植えや稲刈
りをしていました。

 稲刈りをかゆい思いをしながら手伝ったのを今でも鮮明に覚えて
います。友達は遊んでいるのに、なんで自分だけと思ったもので
したが、今となっては自分の精神的下積みになっています。

 田んぼの手伝いは大変でしたが、そんな仕事をした夜は家族も一
人前に扱ってくれたのも子どもながらに嬉しかったです。

 今、お手伝いをする子というか、お手伝いをさせられる大人がど
のくらいいるでしょうか。家事は機械化が進み、お父さんは外で仕
事。手伝いして欲しいこと自体が存在しません。もし何か手伝わそ
うとしても子どもに「勉強」とか「テストがある」とか言われる
とそちらを優先させてしまう現代。寂しいですね。

 農家の仕事は家にずっ~といるので、働いている背中を子どもに
見せることが出来ます。また手伝わせる仕事はいくらでもあります。

 責任を持たせて仕事をさせる。これこそ親のしてあげられる教育
ではないでしょうか。

 そんなお手伝いの中で土に触れ、生き物に触れ、感じる心も育ち
ます。感受性と生きる力、それを与えてあげられるのが農です。

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2006年03月28日

Ⅰ-3. 農の価値④

※農の教育的価値Ⅱ

 今の子はとてもとても恵まれています。あるお母さんの相談で
「自分の子どもが授業中に落ち着かずうろうろしたりする。で大変
困っている。でも工作とか虫集めとかには集中する。悪い子ではな
いどうすればよいか」なんて相談しているのを新聞で見ました。

 今は子どもの個性を伸ばすとか子どもの意思を尊重するとかでと
かく得意分野に特化させようとするのがあります。

 しかし上記の例では集中するのはあくまで自分の思い通りになる
ことばかりです。

 好きなこと、長所を伸ばす。そういったことももちろん良いでしょ
う。しかし大人の現実問題を考えてみてください。

 思い通りにならないことばかりではありませんか。むしろ思い通
りにならないことの方が圧倒的です。思い通りにならない。でもそ
のことが好きである。これって大切なことですよね。

 農の大変さに思い通りにならないということがあります。でも自
然相手では誰にも文句を言えません。だから農家は自然の出来事を
無条件に受け入れるしかありません。

 でもあきらめません。どんなに自然にひどい目にあわされても次
の年も頑張ります。受け入れながら文句を言わずに前に進む。これ
が農の真髄です。

 実は最も思い通りにならないのは他人の気持ちかもしれません。
それを思い通りに出来ると勘違いしていることから今の様々なトラ
ブルが生まれているのではないでしょうか。

 思い通りにならない、そう逆境に強いことこそ本物への第一歩で
あります。

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2006年03月29日

Ⅰ-3. 農の価値⑤

※公私混同論①

 農業は基本的に生活と繋がっています。そういった意味で農業は
生き方そのものといえます。

 それに比べ一般のサラリーマンは仕事と家庭が分かれています。
そう距離的にも精神的にもです。一日のほとんどを過ごしている
のが職場ではないでしょうか。働いている姿、背中を子どもに奥
さんに見せることが出来る。そんな仕事も少なくなってきました。

 多分ほとんどのサラリーマンのお父さんはミニマム主義農業者と
比べて長時間働いているかと思います。しかしそんな仕事場での
働いている姿を家族に見せることが出来ません。疲れて週末ゴロ
ゴロしている背中しか見せることが出来ないとなるとそれはかわ
いそうなことです。

 門前の小僧ではありませんが、お父さんの働いている背中を見
て育った子供というのは自然と社会性が身につきます。ましてや
雨の中作業している姿なんかをみていればです。

 ただ問題はその仕事を好きで楽しくしているかどうかにもより
ます。もしつらい、つらいとやっていたら、仕事と生活が一緒に
なっていることがプラスどころマイナスに働きます。

 生活ごと楽しむ、それがミニマム主義農家の真骨頂です。

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2006年03月30日

Ⅰ-3. 農の価値⑥

※公私混同論②

 農業のよさ、私は公私混同出来ることであると答えたい。公私混
同は一般的には悪い意味で使われています。もちろん公金流用など
は論外です。そういった意味ではなく、精神的な公私混同のことで
す。今の日本人はダブルスタンダードを取る事が当たり前になって
いないでしょうか。

 多くの人は職場の自分と家にいる自分を使い分けているよう思
います。会社の利潤と自分の心がずれていても「公」と「私」を
使い分けることにより、自己矛盾を起こさないようにしているの
ではないか。結果、社会全体に不利益なことでも「会社のため」
と出来てしまいます。

 環境問題のNGOの会でも、パートタイムナチュラリストが沢山いま
す。その時は素晴らしいことが言えますが、普段の仕事でやって
いる事と言っている事が合わない。それも「公」と「私」を分けて
いるからでしょう。仕事と生活が密着しているミニマム主義農家で
は、そういった場での発言も責任があるので、おいそれと美辞麗句
は言えません。しかし態度で示すことが出来ます。

 元来、農業は生活と仕事の区別がつきにくいものです。ところ
が最近は、法人化がすすみ大型化していってます。法人化し、社員
が入りタイムカード制がすすむと今の子ども、後継者にに農作業を
手伝わせることが出来ません。そうして土を触らず、農の良さを知
らず、経営や販売手法ばかり語る後継者が増えていかないか心配で
す。

 もちろん法人化した良さもあるし、先の事をクリアしている農家
法人も沢山あります。一概に法人化が悪いとは言えないがこれか
らの農家は農の財産を大切にしてもらいたいと願っています。

 ミニマム主義農家は公私混同します。つまり農が生き方なのであ
る。これこそ、まさに農的暮らしです。「公」の自分も「私」の自
分も本当の自分であったなら、自己矛盾も起こらずストレスがなく
なります。もちろん責任はともないます。しかし誰もが24時間、
本当の自分であれば豊かな社会になるのではないでしょうか。
そんな社会への近道が「農」であると確信を持っています。

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2006年03月31日

Ⅰ-3. 農の価値⑦

※農業の時代

 「これからは農業の時代」と20年前にはもう言われていたよ、
とは当時農業青年だった大先輩。「農業には明日はない、しかし
明後日はある」と言われた方もいらっしゃいました。

 ただここにきて、ようやく農も見直されてきた感があります。
大きいのは「環境」との結びつきです。

 農家=環境のオーソリティー、環境運動の実践者という見方を
されるようになってきました。21世紀は環境の時代と言われてい
ます。まさに農家の時代ではないでしょうか。

 実際農家の発言権も大きくなってきました。わら一本から革命
を語ったり、にんじんから宇宙を語ったりしてもこれまでなら受
け入れなかったと思います。

 極論すれば有史以来、農家の発言に耳を傾けてくれるようになっ
たとも言えます。

 そしてまた20世紀の虚学から実学の時代になりつつあります。
実学とは①実用になる学び ② 実践による学び ③自己実現に
いたる学びです。まさに農業に当てはまります。

 そうこれからの農業は自然からの学びという視点でとらえるこ
とも出来ます。問題は農家自身がこの価値を分かっているかとい
うことですね。

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2006年04月03日

Ⅰ-3. 農の価値⑧

※農業の時代②

 環境に含まれるのでしょうが、もっと直接的に「食」もこれか
らクローズアップされてこざるをえません。そしてその食に深く
かかわってくるのがもちろん農。

 深刻なところでは国の態をなしてないほどの低い、低い食料自給
率ですが、危機感はあっても目の前にこれだけ食べるものがあると
なかなかそんな実感は湧きません。

 このところ話題になっているのが「食育」。これは食が溢れてい
るためにおこっていることだと思います。ただ言葉がひとり歩きし
やすいのも日本。今では「食育」も大元を忘れられているように
思います。

 朝ごはんを食べようとか、栄養バランスとかそれは枝葉です。現
代日本の問題は「食」と「農」が切り離されていることにあります。
言い換えれば今、「売られている野菜」と「土」が切り離されて
います。

 食の根本はなんでしょう。それは「食べないと人は生きられない」
ということです。根底には自然への感謝、畏怖がなければどんなこ
とを言っても空虚です。そして人は命あるものしか食べることが
出来ません。「命」の視点も欠けているのが現状です。

 そこをつなげてあげられるのは農家しかありません。「いただき
ます」は本来「あなたの命を私の命に代えさせていただきます。」
です。

 そういったことを実感をもって言葉にする。これからの農家は
プライドをもってそういったことも伝えていく必要があります。

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