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2006年03月22日
Ⅳ. 閑話休題①
※公の精神
先日、特急電車に乗っていると前の席の子供がテレビゲームを
やり出しました。ピコピコと音が出ているのですが、隣のお母さ
んは知らん顔。電子音って気になりますよね。ただ音量的にはそ
れほどではないので注意すべきか悩みました。(結局は注意しま
したが)
また別の日、長距離バスに乗っていると5歳ぐらいの子達が大き
な声で騒いでました。その子供達を連れていたのが、お母さんで
はなくおばあちゃんでした。それでも注意するそぶりもなし。結
局自分が注意したのですが、若いお母さんならともかく、あんな
おばあちゃんまでと、少しショックを受けました。
作家の司馬遼太郎さんは「昔の日本人には公の精神があっ
た。それも地位や役職にかかわらず、すべての日本人に。だから
こそ日本人は精錬であり、気高くもあったのだと」と言われました。
公の精神が元となりたっている日本人には欧米のような契約は
必要ありませんでした。しかしそれが今、どうでしょう。
「日本から公の精神が消えたとき、日本が滅びる第一歩だ」と
言われたのも司馬遼太郎さんです。そしてその公の精神が急速に
消えつつあるとも。
資本主義社会が入ってくる前提には宗教があります。資本主義
は競争原理になりたってますが、宗教面で弱者救済という点を補っ
ています。日本では宗教が入らず、資本主義が入ってきた。そし
て公の精神がなくなってしまっているとなると残るのは純粋な競
争社会です。
公の精神を取り戻すのは大変ですが、なくなった原因のひとつ
が畏怖にあるのではないかと思ってます。日本人は自然への畏怖
から神がそして宗教が生まれました。農によって自然への畏怖、
取り戻せないものでしょうか。
投稿者 gensankimuchi : 2006年03月22日 07:36
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