2006年05月12日
Ⅱ-1. 就農までの道程⑩
地元に帰るとした時に頭をよぎったのがやはりサービス業をし
たいということとオーストラリアのことでした。
オーストラリアでは地元意識がとても強かったのが印象的でし
た。日本の東京に行く感覚で「シドニーに遊びに行ったりする?」
とパースの人に聞いたところ「なぜそんなゴチャゴチャしたところ
に行かなきゃいけなんだ、パースの方がきれいだし行く必要がない」
と言われました。
地元意識の根底には情報の発信が各地にあることではと漠然と
ながら考えていました。石川に帰るにあたり、石川のよいところ
特徴はどんなとこだろうと思いました。
考えてみると日本では情報はすべて東京発になります。流行自
体は他のところで起こってもメディアにのって広がるのは東京か
らです。
でも農業だけでは東京からは発信出来ない。そして地域独特な
ものが残されているのは農業しかないのでは。そう思って初めて
「農」を意識しました。もちろんベースにはオーストラリアで出
会った農家のこともあったかと思います。
またサービス業ということで飲食を考えたのですが、その素材
に思いをめぐらせたとき、本当に安全で納得いくものは今の日本
では手に入れるのは難しいのではと当時思いました。自分で育て
るしかないとここでも「農」を意識しました。
さらに一歩進めて考えると、「人は食べ物がないと生きていく
ことは出来ない。」「その食べものを育てる農は命に直結してい
る。」「人を幸せにするのがサービス業の使命だとすると農は究
極のサービス業ではないか」と思いに至りました。
サービス業の視点、つまり命の視点でみる農業。そんなことが
出来たらと農の道を歩み始めました。
投稿者 gensankimuchi : 2006年05月12日 07:42
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