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2006年05月13日

Ⅱ-2. 独立までの道程①

 1999年3月、29歳の時に「農」を意識しつつ地元に帰ってきたの
ですが、どうすればいいのが分からないのが現状でした。我が家は
いわゆる第2種兼業農家(農業収入よりその他の収入が多い)で
1.5ha(1haは100m×100m)田んぼをやってました。

 そういった意味では農業をやるのに有利だったのかもしれませ
んが既存の農業では難しいし、また農業をやるなら野菜を育てた
いという想いがありました。

 当時は県の新規農業者支援施設や制度があることも知りませ
んでした。(結果的にはそれがよかったのですが)そんな時にた
またま本屋で見つけたのがアグリファンド石川(県内の多くの農
業法人が参加)が10周年記念に出版した「味人めぐり」という本
でした。

 その本を買いさっそく開いてみると色々な農家さんが載ってま
した。その時、石川には元気な農家が沢山いるなと意識しました。

 サービス業からの視点での農業ということで思っていたのが、
そのまま食べられる形にしたいということ。そのヒントになった
のがお袋さんでした。

 お袋さんはいわゆる近所の評判おばさんで朝市などに漬物など
を出していました。中でも韓国の方から教わった30年来のキムチ
が評判でした。私もお袋さんのキムチが一番おいしいと思ってす
ごしてきてました。

 評判のキムチをさらにおいしく、安心して食べられるものに出
来ないかというのが風来の原点になります。

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2006年05月16日

Ⅱ-2. 独立までの道程②

 さてその「味人めぐり」という雑誌(というにはシッカリした
本でした)を見て、研修先の候補を決めました。

 お袋さんの評判のキムチをさらにおいしくするために野菜から
育てようと思ったのですが、何せ野菜を育てるってどうするのか?
販売ってどうするのか?販売用の漬物作りにはどんな許可が必要
でどんな設備が必要なのかさっぱり分かりませんでした。

 そんな中、お米と野菜を育ててそれを漬物にしている某農業法
人がありました。そこに直接行って研修生として使ってほしいと
飛び込みで直接交渉。1年の約束で研修OKしていただきました。

 あとから考えると研修期間を1年としたのはとてもよかったよう
に思えます。ただそこは無農薬栽培ではなく慣行栽培の農家さん
でした。

 サービス業の視点。つまり自分も食べたくなるようなものはど
んなもの、というのが原点ですので無農薬栽培をしたいとは漠然
と考えていました。

 そんな訳でそこで研修をさせていただきながら30坪ほどの畑を
借りて野菜作りのスタート。石川県は米どころということで野菜
栽培の専業農家は少なく、しかも無農薬栽培農家となるとなんの
手がかりもありませんでした。

 手探りで本を読んでとりあえずやってみて、失敗の繰り返し。
今思うと遠回りしたな~とも思えますが、その時の実際やって失
敗した経験があとから役にたっているともいえます。

 どんなに厳しいところで修行してもその作物の最終的な責任は
自分にはありません。自分でやって手塩にかけたものが良い出来
であれ悪い出来であれその責任をすべてかぶる。自分の責任下に
おいて育てることは学ぶこと、本気度が段違いです。

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2006年05月18日

Ⅱ-2. 独立までの道程③

 農業法人での研修スタート。最初はカルチャーショックが大きかっ
たです。漠然と家族経営でなんて考えていただのですが、研修先は
農業法人の中でも先端をいってました。(その当時ですが・・)

 最初に思ったのが普通にやっていたら農業というのはとにかく
初期投資がかかるということです。

 稲作専業農家を目指すとなるとトラクター400万、田植え機400
万、コンバイン700万それにライスセンターに1000万。考えてみる
とすごい金額ですよね。

 それより驚いたのがその使用頻度です。田植え機も年にせいぜ
い3週間、コンバインも同じぐらい。あとは倉庫の中。経理的にみ
てもすごいバランスだと思いました。

 専業農家の機械をみるとそこかしこに「○○年改良事業○○○」
なんて書いてあります。これまでの方法であればそのぐらい補助
金がないとなりたたないようになっています。

 補助金などで自分自身の借金は少なくなっても、精神的にひも
付きになってしまう。農業は元々クワ一本で出来るもの。そして
借金のない農家は精神的に強いのではないか。

 それから借金のない農業経営、ミニマム主義的な考え方の模索
を始めました。

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2006年05月19日

Ⅱ-2. 独立までの道程④

 ミニマム主義を模索し始めてから研修中の作業の見方も変わっ
てきました。それまではトラクターやフォークリフトに早く乗り
たい、操作を覚えたいなどある意味派手なところに惹かれていた
のですが、それからは農機具をスリム化することが出来ないか、
どうしてこんな方法をとっているのかなど全体的なことを考える
ようになりました。

 農業技術としては勉強になることがとにかく多く、というか意
識しては始めての作業が多くとまどいました。それでも子どもの
頃に田んぼを手伝っていたのを体が覚えているのかそんなにつら
くはありませんでした。

 あと人にあった作物がそれぞれあるということも分かりました。
育てていて気持ちいい作物の相性がある。なんとも不思議なこと
でした。

 その当時は農家の法人化ブームで、とにかく法人が出来ていた
時期でした。しかし農的暮らしというのも視野にいれると法人化
はいったいどうなんだろうとも思いました。

 法人化することによって借金をしやすくなる。また社会に対し
て責任感が出るというのもあるのでしょうが、果たして自分が子
どもの頃に手伝っていたような風景は残るのかな?とそんなこと
も思いました。

 それから生き方そのものの農業、暮らしを含めた農業のよさは
別にあるのではと考えるようになりました。

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2006年05月20日

Ⅱ-2. 独立までの道程⑤

2006年5月20日

 農業研修に出て、何が一番よかったかというと色々な人と知り
合いになれたことです。特に研修に行った地は県内でも活動的な
農家が多く、あの地域に行ってなかったら今の自分はなかったか
もとさえ思えてきます。

 そんな中、大小様々な農家さんと出会いました。家族経営から
従業員を何人も雇っている農業法人までまさに規模もやり方も様
々でした。

 しかし共通しているのは世代間ギャップの問題でした。農家自
身が意識しているといないとに関わらずここ数年は農、つまり食
に対する意識が大きく変わってきました。それは量から質、そし
て機能性へとニーズが変化していったように・・

 そんな中では農家も今まで通りといかなくなってきます。そこ
に法人化も加わり大きく変化していきました。

 1~2世代前までは農家といえば技術職。いかに野菜、米の量を
穫るか、よいものを育てるかが最大課題でしたが、ここに来て販
売やプレスリリースなど外にも目が向いてきたのです。

 技術職はほとんどがそうだと思いますが、なかなか親父には追
いつけません。叱られたりするのも当たり前。それでも子どもの
頃からも手伝いをさせられながら自然と覚えてきて大人になって
さらに技術が深まるというものだと思います。そうやって技術を
習得していけばよいのですが、親父の口の出せない世界に道を求
めてしまう。

 もちろん息子が経営面を強化して大きくなったところもありま
すし、研修先はまさにそのような感じでした。しかし息子の代ま
でいいけど、そんな環境で育ったさらにその子どもの代はどうな
るのだろうと心配せずにはいられませんでした。

 年世代も続いてきた農業のあり方が一時的な売り上げ増はあっ
ても続けていくことが出来ないとしたら・・法人化の課題はそん
なところにもあるのかなと思えてきました。文字通り地に足をつ
ける。それこそ長く続けていけるのではないか。そう意識しまし
た。

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2006年05月22日

Ⅱ-2. 独立までの道程⑥

 最初漠然と研修していた時は勉強になるというより、「すごい
な~」「金かかるな~」「とても無理だな~」なんて思っていた
のですが、農家としてもっといい方法があるのではと模索するよ
うになってから色々なことが見えてきました。

 別の農業法人の研修であった友人になった彼がこんなことを言っ
てました。

 「自分は農業未経験だったから漠然とした牧歌的なイメージを
農業にもっていた。でも今はタイムカードで1年中同じ時間に働い
ている。冬も餅加工、かきもち加工と忙しい。立ち上げた頃は冬
は暇で事務所で麻雀をしていたと聞いた、でも夏は日が昇ってか
ら暮れるまでとにかく働いたと。農業を選んだのだから体力的に
大変なのも覚悟していたけど自然に合わせるのではなく、会社の
都合に農を合わせるのは違う気がする」

 今、進んだ会社はフレックスタイム制を導入しています。フレッ
クスタイムなんてまさに農家がやっていたこと。それが法人化す
ることによって逆に遅れた企業化してしまったのではないかとも
とれます。

 研修先はその当時、県内の農業法人でも売り上げ的にも知名度
的にもトップクラスでした。

 その研修先は現会長が立ち上げました。加工場など漬物担当は
奥さんが今でも頑張ってられます。自分達はお母さんと呼んでい
たのですが、現場で頑張ってきた人なので言葉に実感がこもって
いてとてもタメになりました。

 そんなお母さんがある時、「今は売り上げも安定してきて従業
員も沢山使うようになってきた。店も加工場もこんな立派じゃな
かった。でもあの頃、家族だけでやっていた時は大変だったけど
一番楽しくやりがいがあったな~。もう戻れないない。」と心か
らつぶやいてました。

 いつまでも今が一番いいと思える。そんな農業を目指したいと
思いました。

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2006年05月23日

Ⅱ-2. 独立までの道程⑦

 研修ということでもちろん農業技術、経営など学ぼうと研修し
たのですが、後半になり迎える方も大変だな~と思ってきました。

 農業というのは考えてみると一年一作というのも当たり前の世
界。稲作農家歴20年という人でも言い換えれば20回しか米作りは
していないことになります。

 そして自然相手ですので毎回やることが微妙に違ってきます。
研修に入ってキチンと作物を育てることが出来るようになるのは
人によりますが5年ぐらいはかかるでしょうか。5年とは言いませ
んが3年ぐらいでようやく使えるようになったと思ったら独立。

 また農業機械は非常に高価なのでおいそれと壊されるわけには
いきません。そうなってくるとこれからずっ~といる社員ではな
く研修生には朝から晩まで同じことをやってもらうのが経営する
立場にしては楽になります。

 朝から晩まで草むしりとか・・もちろん色々と手伝うことはあ
りますが自然相手の農業、自分で考えて責任をもってやらないと
成長しないというのが本当のところではないでしょうか。

 それでもこれからの農業法人、農家には後進を育てていっても
らいたいと思います。農業というのは土地とセットになってます
のでどんなにノウハウがあってもひとつの法人、農家で広げられ
る規模は決まっています。

 そこで習ったものがのれん分けではないですが、各地で活躍す
る。農家ひとちひとりが農業界全体のことを考えていかないと先
がないというのが実感です。

 そして農業技術や経営の他にもっと深いものがあるのが農業。
そのあたりを広めていかないといけないよう思います。

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2006年05月24日

Ⅱ-2. 独立までの道程⑧

 さて研修も終わりしなに、県の農業試験所よりニュージーラン
ドに農業研修に行かないかという声がかかりました。

 期間は3週間。県から渡航・滞在の補助は出るけどあくまでも補
助、実費もかかる。金と期間に少し悩みつつもニュージーランド
ならということで思い切って行くことにしました。

 オーストラリアにワーキングホリデーで行っているときも、西
のパースからわざわざニュージーランド経由で帰ってきました。
気候風土、人のやさしさがとても気に入っていたからです。

 研修も終わりかけということで、どんな風に独立するか。もち
ろん具体的にも考えなければならない時期ではありましたが、も
う少し精神的に芯になるものが欲しかった。ニュージーにならそ
のヒントがあるのかもというのがありました。

 滞在期間3週間のうち、2週間は同じ家族のところにスティその
後もう一軒の農家へというプログラム。普通の観光ではなかなか
知ることが出来ないプランです。最初に行ったところは北島、ウ
エリントンに車で2時間のところでした。

 ニュージーランドは人口より羊に数が多い(実際4倍います)国。
しかし気候は日本と似ていてとても穏やかな国です。

 自営業をしている今となってはもうあんなに長期間海外滞在は
難しいだろうな~と思うとすごく良い経験をさせてもらったと思
います。いける時に思い切って行く。研修時代はチャレンジする
時期。そう再確認したニュージー紀行でした。

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2006年05月26日

Ⅱ-2. 独立までの道程⑩

 ニュージー研修でお世話になった酪農農家の老夫婦。息子、娘
さんも独立していたので、本当の子どものようにやさしくしてく
れました。

 仕事もそんなにやることないから~なんて、手伝わなくてもい
いと言われましたが朝晩の乳搾りはさすがにお手伝いしました。

 そんな時によく聞かされたのが「楽だろ~」という言葉です。朝
と夕方には牛が勝手に牛舎にやって来てあとは搾るだけ。溜まっ
たミルクもミルクメーカーがもっていってくれる。もちろん大変な
ことはあるのでしょうが、そんな事より「楽だ」ということを強調
されてました。

 ある日娘さん夫婦のこちらも農家さんの家へ連れて行ってくれて
ひと晩泊まりました。

 娘さん夫婦のところでは牧畜をしていて牛と羊を飼っていました。
同じ牛でもこちらは肉牛。

 この肉牛の飼い方も豪快。山ひとつを電気柵で囲い、子牛を放し
て大きくなったら牧羊犬と4輪バギーに追い込んで出荷。

 娘さん夫婦のところでもよく聞いたのが「楽」。「肉牛いいだろ~。
山に放せばそれでOK。お義父さんのように朝晩搾ることもない。こ
ちらの方が断然楽なんだ。ニュージーランドでは酪農をやっている
人はお金を貯めて山を買って肉牛を放牧するのがステップアップな
んだ。なにせこちらの方が楽だからね。」

 楽なことがステップアップになる。目からうろこが落ちる思いで
した。農業も楽していいのね。

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2006年05月27日

Ⅱ-2. 独立までの道程⑪

 あとニュージーランドで感じたのは農業には思った以上に色々
なスタイルがあるな、ということでした。

 あちらでは農地の売買はあたりまえで不動産情報誌のようなも
のに農作業小屋、トラクターなどの機械付きでよく売り出されて
いたりします。

 先の話であったように酪農家が肉牛牧場にステップアップする
というのもままあるようです。

 驚いたのは農地、機械、農作業小屋を息子にもディスカントす
るものの販売するということ。子どもが親の農場を継ぐというこ
とは農地を親から買うということになってます。

 いわば退職金代わりといえるのでしょうか。親はその金でキャ
ンピングカーを買ってニュージーランドやオーストラリアを夫婦
でゆっくりゆっくり周るというのも老後の過ごし方として理想の
ひとつとされています。

 もちろん農業界自体は農業国ニュージーランドも収入的には大
変なようで息子は後を継がないというのもザラにあります。

 研修仲間のステイ先がまさにそうでした。その息子さんは街
(ウエリントン)でDJをしていて、街に行った時に話をうかがい
ました。「農業は金にならないから今やるのはキツイ。でも親父
が農業をしているのは誇りに思っているよ。いつかは別の形態に
なるかもしれないけど、俺も農業をやりたいと思っている」と言
われた言葉が印象的でした。

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2006年05月29日

Ⅱ-2. 独立までの道程⑫

 価値観の違い、そして学びや気付きの多いニュージーランド農
業研修でした。ただ以前、オーストラリアで出会った農家に対し
てはすごいな~としか思えませんでしたが、今回は日本で1年の農
業研修をうけてからの見学でしたので、「隣の芝生」は青く見え
るだけにはなりませんでした。

 ニュージーランドでも思ったのが「水」でした。ニュージーラ
ンドでは畑といえば大きな大きな(直径500m)スプリンクラーで
水を撒いているのですが川や地下水から吸い上げていて問題もあ
るようでした。

 そう考えると日本の水事情はなんと恵まれているのか、と思い
ました。何百年も連作障害なく稲を育てることが出来る水田も日
本の水事情あればこそだと思います。そしてそんな連作も可能だ
からこそ先祖伝来の土地として守ることも出来たのでしょうね。

 そして規模についても考えさせられました。あちらで有機農業
をやられている人の畑を見たのですが、日本とまさに規模が違い
ます。魚粕など有機資材もヘリコプターで撒いていきます。日本
の有機農業だと少量多品種というイメージがありますので、これ
も真似しようとも真似出来ないと思いました。

 あと安い農産物には安い人件費があるのだとも改めて痛感しま
した。ニュージーランドでは中国移民、オーストラリアではアボ
リジニ、アメリカではスパニッシュ系といった具合に。それが悪
いのかどうかは分かりませんが自分にはそういった完全な主従関
係で人を使うのは無理だし、楽しくないと思えました。

 ニュージーランドに行って本当によかったと思っています。色
々な考え方もあるんだということも分かりました。そんなことか
ら以前から温めていたミニマム主義の骨格が出来てきました。

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2006年05月30日

Ⅱ-2. 独立までの道程⑬

 ニュージーランドから帰国してまもなく研修も終了しました。企
業的な農業法人を目指していた研修先ですので考え方はまるっきり
違うということが途中から分かったのですが、色々な意味で勉強に
なりました。

 役にたったのが業者リストでしょうか。農業は本来クワ1本から出
来るのではというのがミニマム主義の原点ですが、実際はそんな訳
にはいきません。独立する時にリストの業者さんに片っ端から電話
をかけ、同じ条件で取引させてもらうことになりました。もちろ
ん大きな機械などは買いませんでしたが。

 そして研修をして何よりよかったのが人の輪が広がったことです。
もしあの時、あの地域で研修をしていなかったら今の自分はなかっ
たでしょう。

 偶然ではありますがその地域は石川でも色々な意味で先進的な農
家が多いところでもありました。

 とにかく規模のバカでかい農業法人、企業的農家を目指すところ、
そして23世紀型農業法人などなど。共通しているのはそれらの農家
さん達も自信をもっているということでした。そしてその地域を通
して石川県には元気な農家さんが多いことも分かりました。

 そんな地域ですので多くの出会いがありました。出会いの輪と
いうのは二乗的に広がることも分かりました。

 「求めれば出会う。」「人生の出会いに無駄な出会いはひとつも
ない」という言葉を知ったのは最近ですが、まさにその通りだと思
います。研修時代だからこそ思い切って行動することが大切だった
のだと思います。

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